金融はバブル崩壊によってどのような影響を受けたのか

バブル崩壊は、政府による不動産融資総量規制という政策の実施が直接の要因でした。

銀行による不動産関連への資金融資を抑制させる事が目的で、この政策がきっかけとなり土地・不動産の売買が急速に落ち着きました。
同時に日本銀行が、景気を引き締めるために金利水準を引き上げたのです。

これらの流れに伴い、地価・株価は急激に下落しました。
1989年末には4万円近かった日経平均株価も、1992年8月になると14000円近くまで大きく下落しました。
バブル景気を支えていたのは、株価・地価の高騰です。
そのため、株価・地価が下落すると共に企業の業績も急激に下がり、景気も衰えていきました。

銀行からの借入金が返済不能となる企業が増加し、銀行は巨額の貸出金が回収不能・停滞状態となり不良債権を抱えました。
その後、不良債権問題は10年以上にわたって日本の銀行経営を行き詰まらせる要因となり、不況を長期化させました。

 

金融システムが機能しなくなった

 

バブル崩壊が発生した1990年代初め頃から2003年頃までの長期間、日本の景気は一時的に上向いた事はあったものの低迷が続いていました。

不良債権問題に関する処理が遅れてしまい、銀行経営状態の改善に時間がかかった事が、不況を長びかせた大きな要因です。
銀行は新たな資金融資をためらうようになり、銀行を中軸に置いていた金融システムは十分な機能を果たさなくなりました。

このように、銀行による資金融資の縮小に伴って経済活動そのものが機能しなくなる状態を、信用収縮といいます。

 

金融再生までに10年以上もの年月を要した

1990年代後半には、銀行・証券・保険といった多くの金融機関が次々と経営破綻しました。

その中でも、銀行は企業・個人の資金取引を仲介する決済機能という位置にあります。
そのため、1つの銀行の経営破綻によって決済システムが機能しなくなり、その銀行と取引していた別の銀行へも次々と影響が出る危険があります。
社会全体へこの不安感が拡大した事が、経済活動をより縮小させる要因となっていました。

このような事態を改善するべく、健全な経営を行う銀行を支援しながら経営が困難となっている銀行への迅速な処理を行うため、金融再生関連法が1998年に制定されました。
また政府は、銀行が抱える不良債権の買い取りを行うための機構も設けました。
2002年になると、大手銀行に対して不良債権に関する処理を急がせるよう強く要求するという金融再生プログラムが発表されました。
それぞれの政策のおかげでやっと不良債権問題への対処が行われ、日本は長期間の不況から抜け出す事ができました。

2007年~2008年のアメリカでは、サブプライムローン問題が要因となって、株価・地価の下落や金融機関の経営破綻が発生しました。
一連の展開は、バブル崩壊後の日本で起きた事態と類似する点が散見されます。
アメリカをはじめとする各国の政府には、バブル崩壊後の日本と同じように対応の遅れから長期の不況とならないよう、迅速な対処が求められます。

コメントは停止中です。

サブコンテンツ

このページの先頭へ