為替相場の制度と国際通貨ドルの将来

昔の為替相場の基準は金である

貿易・国際金融取引など、国境を越えた経済活動の大多数は、通貨同士を交換する……つまり外国為替取引が行われます。
そのため、為替相場を安定させる事は、戦前から世界中にとっての課題でした。

現在の外国為替相場は、原則的に通貨の需要・供給で変動するシステムです。
このシステムを、変動相場制といいます。

ところが、戦後数年間、一定の相場で取引を行う固定相場制が継続していました。
戦後初めて導入されたのは、金を中心とした制度でした。
世界中で同じ価値があると言われていた金を基準として各国の通貨相場を決定し、固定化されました。

その後、ドルは金と同じ位置付けの国際通貨とする、金ドル本位制へ移行しました。
金1オンスは35アメリカドルとされ、アメリカは要請があれば必ずドルと金を交換する事になりました。
事実上、各国通貨とドルの相場が固定化される制度となったのです。
当時、アメリカドルは世界一の経済力を持っていました。
それゆえ、金と同様の信頼があり、当時の固定相場制度の支えとなっていました。

1944年にアメリカ・ブレトンウッズで当時の連合国が参加する会議が開催され、このシステムが決定しました。
この制度を、ブレトンウッズ体制といいます。

固定相場制はドルに対する不信によって終焉を迎えた

ブレトンウッズ体制の下、アメリカの景気動向・財政状態が深刻化する事も考えられます。
そうなると、ドルの価値や金との交換を危惧する不安が拡大し、ドル売却が増加するなど、制度そのものが不安定になる危険性があります。

その実例も存在します。
戦後、ヨーロッパ諸国や日本などで経済復興が進行し、1950年代後半にはアメリカの経済力が相対的に低下しました。
その結果、ドルに対する不安が広がりました。
1960年代に突入すると、ドルから金への交換が急増しました。
そのため、アメリカが保有していた金の量が減少したのです。

1971年には、当時のニクソン大統領により、アメリカドルと金の交換を停止する事が発表されました。
同年に開催されたスミソニアン会議では、アメリカドルと各国通貨の交換比率を調整し、アメリカドルの価値を切り下げる事で、ドルを中心とした固定相場制の維持を図りました。
しかし、1973年までには各国が固定相場制から離れ、変動相場制へ移りました。

基軸通貨にドルが採用されている理由

アメリカドルを中軸とする為替相場制度は終わりを告げました。
ところが、その後も継続して、貿易取引・為替取引の際の通貨として、アメリカドルが用いられています。

日本の輸出企業を例に挙げると、アメリカとの貿易は当然として、アジア諸国との貿易の際も、一般的にはアメリカドルで決済しています。
アメリカには関係のない日本~アジアの貿易でも、アメリカドルが用いられています。

現在のヨーロッパでは、統一通貨であるユーロが導入されています。
ユーロ非加盟国であるヨーロッパ諸国同士の貿易でも、ユーロが用いられる例が増加しています。
しかし、アメリカドルは依然として世界中における貿易決済の多数を占めています。
また、日本円をアジア諸国などの通貨に交換する際も、一度日本円をドルに交換したのち、他国通貨と交換するのが一般的です。

この事から、現在も世界の為替取引はアメリカドルが9割を占めているとも言われています。
このような役割を担っている通貨は、国際通貨または基軸通貨などと称されています。

特定の国が急激な景気後退に見舞われたり、政府の財政赤字が拡大するといった経済情勢の悪化もあり得ます。
現行の変動相場制では、該当国の通貨売却が増加し、為替相場の急落を招く事も考えられます。

基軸通貨であるアメリカドルがこの状況に陥った場合、世界中の貿易・金融決済は停止するでしょう。
そして、世界を取り巻く金融活動にも大打撃を与える危険性があります。

アメリカドルを中軸とした為替制度はリスクも存在する

アメリカドルを基軸通貨とした為替相場制度による問題は、かねてから指摘されていました。

レーガン大統領が就任していた1980年代のアメリカでは、財政・貿易の赤字が深刻な問題となっていました。
アメリカ政府は、国債発行による財政赤字の埋め合わせを図っていました。
しかし、その分だけ民間金融機関への資金の流れが減少しました。
金融機関は、海外からの資金調達を積極的に行うようになりました。

その結果、アメリカドルの相場は急激に高騰しました。
財政・貿易赤字の拡大中にドルの相場が上がった事で、いつかドルに対する不信感が高くなって急激に暴落するという不安が拡大していきました。

そのため、1985年に、アメリカ・イギリス・日本・フランス・当時の西ドイツから財務相・中央銀行総裁が参加する国際会議が開催されました。
これはG5と称され、G7の前身となりました。
そして、ドル相場を安定させるため、各国間が協調する事で合意されました。
これをプラザ合意といい、これ以降は為替相場制度を安定させるため、先進国同士が協力する体制が整えられました。

しかし、為替相場がアメリカ経済の動向の影響を受ける状況は、現在も本質的な変化が見られません。

2008年にアメリカで発生した金融破綻の影響が、ヨーロッパを筆頭に世界中へ及んだ背景には、この問題が存在します。
各国の金融機関にとって、アメリカドルは国際的な決済に欠かせません。
アメリカ金融機関の経営に対する不安が拡大した事で、各国の金融機関は今後のドル調達をを危惧していました。
そのため、ドルによる資金を抱え、適切なドル流通が滞る事態に発展したのです。

基軸通貨をアメリカドルに限定し続ける限り、今後も同様の問題が発生する危険性があります。
だからといって、アメリカドルと同じ位置付けである新たな基軸通貨として、ユーロや日本円などを用いるのは厳しいのが現実です。

ドル相場を安定させるため、IMF(国際通貨基金)の機能強化案などが上がっていますが、根本的な解決に至る方法はまだ存在しません。

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